Interviewインタビュー

九州新幹線全線開業記念 キャンペーンソング『春の行人(ゆこうど)』
お中元<中孝介さん・元ちとせさん>インタビュー

『春の行人』

この曲を"旅のおとも"に、春という季節の「出会いと別れ」や美しい風景を感じてください。

「100年に一人の声」と称される元ちとせ、そして「地上でもっとも優しい歌声」で魅了する中孝介。鹿児島県奄美大島出身の2人のコラボレーション「お中元」は"うたの贈り物を2人で"という意味も込められている。今回、九州新幹線開通を祝して作られ、大好評発売中の『春の行人』についてお2人に語っていただきました。

―お2人の名前がそのまま入った「お中元」が結成されたいきさつは?

元:中くんと出会ったのは12年前ぐらいですね。同じ島出身で招かれる席が一緒にということもあってシマ唄を通じて一緒に歌う機会がふえていったんです。
中:2人でシマ唄を歌っていたんですが、今回初めてオリジナルの曲を歌うことになりました。

―はじめて会った時の印象は?

中:すでに大阪で美容師をしていた頃に出会ったので金髪でした(笑)。あきらかに島にはいない感じで…
元:いるでしょ。(一同笑)
中:でも、もともとシマ唄はじめたきっかけが元さんだったんです。高一の時に初めて元さんのシマ唄聴いて「すげぇ」と感動して真似して歌うようになったんです。
元:中くんは高校生でそのまま濃い顔で丸坊主でしたね。その後いろんな髪型になっていったのは愚れていたのか…?(笑)

―「とい姉」と中さんが呼ばれたり、ブログを見ても、お2人仲良いですね?

元:仲いいですね、姉弟のようです。
中:お姉さんというより…
元:お兄さん(一同笑)
中:なんでしょうね…姉弟じゃないなぁ。
元:(悩む中さんを見て)いきなり遠くなって「従姉妹」?(一同爆笑)
中:とても頻繁にあっていることもあって不思議な関係なんですよね。

―今回『春の行人』はストリングスやフルートの中に三味線も入っていたり、ゆったりした春らしい曲調ですね。まず、初めて曲を提供された時はいかがでしたか?

元:九州新幹線開通記念という大きなテーマがありましたし、「春、出会いと別れ」をもとにスキマスイッチが作曲、作詞はCOILの岡本さんが提供してくれたんですが、思い描いていたものでした。窓から次々に見える風景とともに歌も旅をするんだなと思えました。
中:九州新幹線は僕らのふるさとでもある鹿児島から出発するんですが、桜の舞う季節に桜島にならぶ桜並木が思い浮かびますし、桜が咲いて散っていく寂しさと儚さの切ない部分を感じます。春は四季のなかでも一番そんな感情になりやすい季節だと思うんです。日本人だからこそ感じられるものだと思うんです。
元:すぐに歌詞が持っている空気感は受け取ることができましたし、テーマがしっかりとあって、イメージは出来上がっていたので、レコーディングもスムーズにいきました。歌としては声のバランスをお互いに感じて作れたのではないでしょうか。

―それぞれ気に入っているフレーズを教えていただけますか?

中:僕は最後の"花の行方を尋ねてゆけば 逢えるでしょうか"という部分です。その時の別れは寂しくて切ないものですが、でもそれは決して悲しいものではなくて、送り出す方も送られる側もお互いに同じ思いを持っていれば、たどっていけばいつかまた逢える想いだと思うんです。
元:私は"散りゆくことを知りながら 花は何故咲くのでしょうか 移ろいゆく儚さに永遠を見るのでしょうか"という部分です。女性として永遠のテーマかなと思いますし、不安であったり迷ったりするんですが、咲こうと何度も立ち上がる、諦めない力強さが感じられますね。

―ついに九州新幹線が開通されましたが、"九州のおすすめ"を教えてください。

中:地元の県だからと言うわけではないのですが、鹿児島の"黒豚しゃぶしゃぶ"はお薦めですよ!
元:意外かもしれないですがラーメンも美味しいんですよ。ついついご飯もすすんじゃいます。

―最後にメッセージを。

中:この春全ての人たちにおこる春のドラマに、この曲を染めていただきたいです。
元:これから新幹線で関西から九州に旅をされる方は、ぜひこの曲を"旅のおとも"にしていただいて、春という季節が持つ「出会いと別れ」や美しい風景を感じてください。そしてお中元としても、これからお中元にしかできない曲を歌っていきますので、楽しみにしていてくださいね。

Profile

<ハジメチトセ>
鹿児島県奄美大島出身。02年に大ヒットした『ワダツミの木』でデビュー。結婚・出産を経て復帰。楽曲リリースや様々なステージでその唯一無二の歌声と存在感で国内外からも評価されている女性シンガー。

<アタリコウスケ>
鹿児島県奄美大島出身、在住。高校生の頃、独学でシマ唄を始め06年にデビュー。3rdシングル「花」は世代を越えたヒット曲になり07年を代表する1曲に。今や台湾や中華圏でも絶大な人気を誇る。